キャプテンコラムCAPTAIN COLUMN

株式会社キャプテン・ユーの社長が
日常生活で感じたことを綴ります。

携帯電話の功罪

今や日本国民全員が持っていると言っても過言ではない携帯電話。(ちょっと過言)
電車に乗ったら、周りの何人かは必ず携帯電話をいじくっている。
その代わり、10年以前によく見かけた、いい大人が漫画雑誌を堂々と読んでいる風景は最近少なくなったように感じる。
若者達にとって携帯電話は絶対の必需品である。
身体の一部と言ってもいい。
しかし、携帯依存症の人間が多いように感じる。
電話に振り回されているようだ。
技術が進み、これからスマートフォーンが普及すれば、この傾向は益々強くなるだろう。
電車内無言でカチャカチャ、時々ニヤッと笑う光景は少し気持ち悪い。
若者だけでなく大人にも多い。
調査によると通話よりもメールを使う頻度が高いらしい。
しかし、メールの返信が遅いとかで仲間外れになるケースもあると聞く。
食事の時も、入浴中でも肌身離さず携帯である。
通話や言葉で言えないこともメールなら平気らしい。(私もそうです。)
だから人前ではしゃべられない若者が多い、いや大人でも結構多い。
いい大人が絵文字付きでメールを平気で送信する。(私もそうです。恥ずかし~)
多少のユーモアで絵文字はいいが、当たり前になると少し気持悪い。


昔、交際中の女の子の家に電話したら、運悪く親父さんが出てきて「何の用や!」と怖い声で、「学校のことで・・」とビビリながら返答すると「それやったら明日、学校で話しせい!」と言い放って受話器をガッチャン。
それ以来今日までトラウマとなって、女性の家に電話しなければならない時は、まず女房にしてもらって、本人に繋がったら私が出るという具合である。
この時代に携帯電話があればどんなに良かったかと思う。
昔は友達の会社に電話するのは遠慮してなかなか出来なかったが、今は平気で営業中にも関わらずメール・通話のやりとりがあるみたいだ。(困った風潮である。)
携帯電話が便利な分、人間が本来持っている、使えば進化するように出来ている脳ミソが、しわがなくツルツルになっているように感じる。
他人の電話番号が全く憶えられない。
一昔まで携帯電話がなくても世の中、何とかなっていたものである。
私も休日ぐらいこれから携帯電話を机の引き出しにしまっておこうと思っている。
本来人間の持っている何かを磨く為に・・・。

独り言の好きな男より